現実はいつだって私に優しくない

だから逃げるのに

いつも追いかけてきて

私を傷つける




踏み出しきれない土曜日




「まったく何考えているんだか!!」

「ホントに!信じられないわ!!」

「それだけ必死だったということでしょう」

「そういう問題じゃないわよ!!!」

にぎやかなどこか聞き覚えのある声にゆっくりと目を開ける

視界に入るのは見慣れない高い天井で

それが自分がどんな状態でどこにいるのかを教えてくれた


大声で笑い出しそうになる

なんて無様なんだろう

あれだけ傷ついて、苦しんで

やっと忘れられたと思っていたのに

結局、全然忘れてなんかいなかった

こんな扱いを受けているのに

私は今、嬉しくてしょうがないのだ


「ばかだわね」

「あら、目が覚めた?」

小さく呟いた言葉に反応があって慌てて起き上がる

「大丈夫?」

「びっくりしたでしょう?」

次々とかけられる労りの言葉も私には届かなかった

だって、この人達・・・

私の表情に心情を察したのか彼女たちは顔を見合わせて、少しだけすまなそうな顔をすると

「私たちは小松尚隆を会長とする企業グループの関係者なの」

「簡単に言うならば、会長の側近みたいなものね」

「あなたを騙すつもりはなかったのだけれど、結果的には騙すことになってしまったわね」

先日、尚隆から逃げるために駆け込んだショッピングモールで久々に楽しい時間を過ごさせてくれた彼女たち

最後にまた会いましょう、と言っていたけれど

まさか、こんな形で再会するなんて誰が想像できるだろう

「誤解しないでね、確かにあなたのことを知ってはいたけれど、あの場所で会ったのは本当に偶然なの」

「私たちもまさかあなたとあんな場所で出会うとは思っていなかったからかなり驚いたわ」

「大丈夫?」

ふわっとガウンを着せられてようやく自分がどんな格好でいたかに意識がいき、赤面した

慌ててガウンの前を閉じる

彼女たちは優しげな笑みを浮かべて

「落ち着くためにも、お茶にしましょう」

「そうね、長い話になりそうだもね」

「起きれる?」

私はただ頷く、そろそろと起き上がって床に足をつけば待っていたかのようにスリッパが差し出された

「ありがとうございます」

差し伸べたられた手はとらなかった、そこまで弱ってはいない

少々寝不足だったのと、突然の出来事にびっくりしただけなのだから


寝室を出て唖然とした

ここって絶対スイートルームってやつよね

連れてこられた時はそんなことまで気が回らなかったし

なにより尚隆に担ぎ上げられていたから

「さあ、ここに座って」

促されるままに座ったソファは柔らかく私を受け止める、それだけでこれが高級品であることがわかる

「コーヒーと紅茶どちらがいい?」

「できれば日本茶で」

全身から力を抜いて相手も見らずにそう返す

「了解」

選択以外のものを言ったにも関わらずすんなりと受け入れられた

「たぶん最高級の緑茶があったと思うけど?」

「ん〜とこれ?」

キッチンと思われる場所で普通に会話を交わしている彼女たち

一人は私の目の前で何事もなかったかのように静かに座っている

えーと確か彼女は

「朱さん・・・でしたっけ」

「覚えていてくれて嬉しいわ。正式にはよ」

「ちょっと、先に自己紹介なんてずるくない?」

「そうよ、私たちだってまだちゃんと名乗ってないのよ」

トレイに急須や人数分の湯飲みを乗せてこちらにやってきながら文句を言う彼女たち

「星さんと彩さんでしたよね」

「なんだかくすぐったいわね、その呼ばれかた」

「改めて自己紹介するわね、私はよ」

「そして私がね」

よろしくと手を差し出されて、仕方なく握り返す

「まずは口にするといいわ」

いつの間に淹れていたのかさんが私の目の前に湯のみを差し出す

そっと手にすれば良い香りが漂った

一口、口に含んでこれが最上級のお茶であると思い知った

だって普段口にしているお茶とは雲泥の差がある

「おいし・・・」

ほっとして素直に感想を口にすれば

「よかった、満足してもらえて」

さんが嬉しそうに微笑む

「あんまり日本茶って淹れたことがないから不安だったのよ」

苦笑しながらさんが口にする

しばらく四人とも静かにお茶を味わった

その絶品といえる味と暖かさに少しずつ気持ちも落ち着いてきた

「さてと、どこからどう説明するべきかな?」

「うーん、とりあえずあの男のことじゃない?」

さんとさんが静かに湯のみを置いて顔を見合わせる

「その前に会長をどうにかしよう、そろそろ戻ってくるだろうから」

さんのその言葉にビクッと体がこわばった

「大丈夫よ」

「あなたは私たちが守るから」

「ここで大人しくしていてね」

三人はそういい置いてゆっくりと立ち上がると部屋を後にした

大人しくもなにも、この状況でどうしろというのだか

すぐに彼女たちが出て行ったドアの向こうから尚隆の声が聞こえてきた

情けないことに今の私にはあの人と向かいあって会話するだけの勇気はなかった

ここにきたらどうしたらいいんだろう、何を口にしたらいいのだろう

そんなことばかりがグルグルと頭を回って

意味もなく立ち上がり、室内をうろつく

けれど、一向に尚隆がこの部屋に入ってくる気配はなく

尚隆の大声だけが響いてくる

よく聞き取れないのだけれど、なにやら言い争っている感じだ

しばらくそれが続いていたが、急に静かになり

「まーったく、ホントに頑固なんだから」

「ホントに子供じゃないんだから」

「子供じゃないから必死なんでしょう」

どこか疲れたような様子で彼女たちだけが戻ってきた

「ごめんなさい、ちょっと時間をくってしまったけど」

「安心しいいわよ、会長は来ないから」

「それでも説明は簡潔にしたほうがよさそうね」

彼女たちは頷き合うと私の両側と正面にそれぞれ座り

「これから話すことはあたなにはつらいことだと思うの」

「だけど、どうしてもあなたに知ってもらわなければならないの」

「その上であなたがどうするかは、あなたとそして会長しだいだわ」

緊張した私を宥めるように優しく腕をとって

彼女たちは私に話してくれた


私と尚隆が離れてしまったわけを


彼が私の前に再び現れるのになぜ二年も必要としたか


そして今更なぜ私を追い求めるのかを






嘘だとは

作り話だとは思わなかったし、思えなかった

全てがあの時の状況を裏付けていたから

目を閉じて深く呼吸して

なんとか理解しようと受け入れようと努力してみる

「こんな話を急にされて戸惑うのも当然だと思うわ」

「信じられないのも無理ないもの」

「・・・・いえ、信じてはいます」

信じてはいるけれど・・・・・納得できていない

「私たちに語れることはこれだけよ」

さんが柔らかな笑みを浮かべて

「今日一日ゆっくりと自分の中で考えるといいわ。会長のほうはこちらで押さえておくから」

「そうね、それがいいかも」

さんが優しく背中を撫でてくれた

「本当はもっと時間をあげられるといいのだけれど、私たちでは今日一日しか会長を押えておけないの、ごめんなさいね」

さんがすまなさそうな顔で謝ってくる

そうして三人は静かに部屋を出ていった




今日一日

それが私に猶予された時間

今聞かされた話を理解して、納得して、受け入れるために

私に与えられた時間

お互いに前に進むには避けることはできなかったことなのだろう

けれど今の私にはその一歩を踏み出す勇気はない

もうあんな思いは嫌だから

私は強い人間じゃないのよ、尚隆



尚隆が再び私の目の前に現れるまで

残された時間は

あとわずか









言い訳

これ、本当に終わるのだろうか・・・・不安になってきたぞ・・・




 

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